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イノセンス(前編)


前編、後編に分けてお送りします。


後編はまた後ほど・・・

それでは、「イノセンス(前編)」始まります。




カーテンの隙間から漏れる光が眩しい。


太陽が、目覚めろと燦々と輝く。



「おい、早く起きろよ。」



大きな手のひらが、枕に沈む小さな頭を、ぽんっ、と叩く。



「ふぉお…今何時デスか?」



どんなに布団から離れがたくても、時計の針は待ってはくれない。




TiTiTiTiTi…


時間は、AM;7:30。





真一は、カーテンを開いて、少し窓を開けた。

生ぬるい風が、頬をかすめる。


朝日の眩しさに、二人は目を細めた。

卵から孵りたての雛鳥が、初めて太陽の光を浴びた時のように。




風が運んでくる、おいしそうないい匂い。

朝ごはんは、とっくに食卓に準備されている。


飛び起きたのは良いものの、シーツが白い足に絡まってのだめの体勢が崩れる。

倒れそうになった細い体を、慌てて受け止めるたくましい左腕。


「朝ごはん、結構デス!」

「だめ。ちょっとでいいから食っていけ。」



全速力で洗面台へ走る。

水が、冷たい。


ベッドの温かさが恋しくなる瞬間。



歯ブラシに歯磨き粉をたっぷりつけて、口の周りは泡だらけ。

ミントの香りに、ようやく目が覚める。




大急ぎでワンピースを被るから、裏表が逆になった。

せっかく可愛い服も、これでは台無し。


急いでいる時に限って、無駄に時間がかかる。



お気に入りの鞄に楽譜とノート、筆箱を乱雑に詰め込む。





お忘れ物は、ありませんか?





「行ってきマス!」


ホップ、ステップで玄関を飛び出そうとすると、



「食っていけ!!」



と力強く腕をつかまれ、部屋の中に引き戻される。



「はぅう…」



寝起きの体は、無抵抗で食卓へ。





スクランブルエッグに昨夜のポトフ、

香ばしく焼けたバケットには、バターも塗る暇もない。



急がなきゃ。


口が一つじゃ足りないと、のだめは思う。




ようやく平らげて、


「今度こそ、いってきマス。」


と玄関を飛び出る。




ばたんっ。


扉が閉まる。




はぁ。

なんで、いつもこうなのか。


やれやれ、朝食の後片付けをと考えたところへ、




がちゃっ。


「先輩、行ってらっしゃいのキッスがまだでシタ。」


と、悪戯な笑顔を扉の隙間からちらつかせる。



「いいから、早く行け!」


千秋は、厄介者を払いのけるようなしぐさをする。



ばたんっ。



はぁ。

毎朝、重労働だ。


今度こそ、キッチンへ…




がちゃっ。



「…なんだ!?今度は!!」



勢いよく玄関を振り返ると、のだめ。

…と、誰?



「…迷子の子猫を拾ってしまいました。」


は?



のだめが手を繋いでいたのは、のだめの腰の高さほどにも満たない小さな背の少女。


「アパルトマンを出たら、門の前でしゃがみこんでいたんデス。」


小さな少女。

年はいくつ位だろう。



「何故ここへ連れて来る。警察に任せろよ。」

「だってのだめ、時間が…と、とにかく、よろしくデス!!」



綺麗な黒髪は鎖骨ほどの長さで、

宝石のようにきらめくその瞳が、長いまつげの隙間からこちらを見ている。



「じゃ。真一君!」

そう言ってのだめは去っていった。


じゃ、ってさ。

俺は、どうすればいい。

こんな小さな子…


とにかく、


「警察、連れてってやるからな。」


と少女に告げて、外へ出ようとする。



すると、


「やだ。」


と答えた小さなお姫様は、扉と真一の間をすり抜けて、部屋に入ってきた。




おいおい。


「…君、名前は?」



 ……。




返答は無い。



「家は?お父さんとお母さんは?」



 ……。



またしても、返答は無い。



つぐんだ小さな口が愛らしい。

髪の毛は細くて、さらさら揺れると甘い匂いがした。



途方に暮れる。

朝の嵐のような慌しさが、ようやく過ぎたというのに。



「…おなかすいた。」

ようやく答える気になったのかと思いきや、都合のよい催促。




「……わかった。とにかくこっちおいで。」



午後からは仕事が入っている。

それまでには、このお姫様を何とかしなくては。




のだめ、学校間に合っただろうか。


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色はかなり白くて、透き通るほど透明。

しかし、顔立ちはどちらかというと東洋系か?


瞳は琥珀のように澄んだ茶色で、

目の大きさに比べて、鼻と口が小さい。



整った顔だよな。



真一は思う。



PM0;20



マルレのリハがある。

サンジェルマンから地下鉄に乗って、会場へ。



結局、朝食中もろくに会話が成り立たず、「警察」という単語を発すると

「やだ。」

の一点張り。



仕方ない、マルレの事務所に預かってもらおう。

あとは、のだめが帰って来たら何とか説得してもらおう。



真一は、珍しく弱気なことを考えていた。



こんな小さなお姫様。


由衣子だって十分小さいが、まだ話が通じる年齢だ。



街路樹の脇を、小さな手を引いて歩いている自分が、滑稽に思える。


少女は大きくて温かい手をがっちりと掴んで、離そうとしない。

しかし、往来する人の波にこの可愛い天使が連れ去られてしまわないよう、

真一も手を握り返すしかなかった。


きょろきょろ風に揺れる街路樹を見ては、ランチでにぎわうカフェを覗いたり、

時には、神妙な面持ちの真一を、じっと眺めていたり。



迷子の子猫。


まさにそう思える。




少女のお人形のように小さな足が一生懸命歩くものだから、

真一もそのスピードに合わせる。



ゆっくり、ゆっくり。



そのテンポが鼓動と同じ速さで、妙に心地よかった。





「チアキ!!良かった~遅いからもう来ないのかと思った。」


テオの焦った顔は、いつものことだ。

短い時間で必死にリハの打ち合わせをする。


「悲しいお知らせなんだけど、フルートのアイリーンが・・・」


ほら、きた。


「もう、二度と来ないって。」


やっぱり。



もう、いい。


もう慣れた。




慣れたと自分に言い聞かせて、

痛みも悲しみも覆い隠そうとする自分に嫌気がさす。



「本番まで、なんとか補充しろよ・・・わかってんだろうな。」

「もっ、もちろん!!!絶対!!!!・・・・・・あれ、そういえばその子・・・」



テオは、二人のやりとりをじっと見ている、小さな影にようやく気がつく。



「チアキ、子どもいるの!!?そんなの、プロフィールに乗ってないヨッ!!!!!」


「違う。えー・・・この子は、知り合いに頼まれて。そう、預かってるんだ。今日一日。」


別に、嘘をつく必要はないのに。



まあいい。



「テオ、リハ中面倒見てやってくれ。」

「僕が?!僕やることいっぱいで・・・」


「いいから、見てくれ。」


圧倒的な真一の迫力に、テオの拒否権は押しつぶされた。


やり取りの間も、天使の手はしっかりと、真一の手を握って離さなかった。






静かな、深い、底なしの泉のような。


暗くて、不安で、何もかも覆いつくす闇。



ラヴェル 《ダフニスとクロエ》 第三部『夜明け』 



やがて、暗闇から太陽の救いの手がのびる。


きらめく星々が、夜にしばしの別れを告げる。


長い闇の終わり。



低音の響きに、静かに弦の旋律が重なる。

オーボエが愛を囁けば、

フルートの音色が踊りだす。



美しい、夜明け。





・・・・・・・・・フルート?



  

『もう、二度と来ないって。』





テオのやつ、もう誰か呼んだのか?

あいつにしては、仕事が早い。



真一は音の主を探す。



フルートの席は、相変わらず空席。



リハ室の隅にその「主」を見つけ、はっとする。



あの、少女である。



シルバーのフルートにその小さい口をあてて、

細い指が滑らかに動く。




・・・・・・嘘だろ?




「ストップ!!」


真一の右手が、止まった。



「テオッ!!」

扉の隙間からこちらを覗いているテオを呼ぶ。



「あの・・・事務所の倉庫で遊んでいたら、いつの間にか見失っちゃって。」



頼むよ、ほんと。

それにしても、あの音色・・・・・・・


相当、卓越された吹き方だ。



「二人で、倉庫にある楽器をいじって遊んでたんだ。」

「いいから、早く連れて行ってくれないか。」



不思議そうな表情の少女を、テオが慌てて引っ張り出す。



「チアキの今日のお勤めは、子守りか?」


コンマスの皮肉にも、ぐっと耐える。




子守り。

そんなの、いいんだ。



あの音、あのヴィブラート。



何者だ?



演奏を再開してもなお、頭から離れない。

ダフニスの告白に答える、クロエの愛の舞い。


そんな音を、表現できるなんて。



ヴィエラの元へ通っていた少年時代。


あのころの自分と、同じくらいの年齢だろうか。




PM;5;00



そんなことを考えているうちに、リハは終わった。



********************************************************


「ぎゃぼっ。フルート?」


のだめが帰って来たのはPM;7:45。



赤いソファーには、のだめと少女が寄り添って座っている。

真一はカプチーノをテーブルに並べる。


3人分。


ミルクとエスプレッソの混じった香りに、いい気分に浸る。



「フルート、吹けるんですネ?」

のだめが来客に尋ねると、


「うん。」

と、小さく頷いた。


本当に愛らしい。


のだめは、天使の横顔に見とれる。


少女はカプチーノを二口だけ飲んで、窓辺の方へ駆け出す。


たったったっ・・・


カーテンを少し開けて、外の風景を眺める。



「おほしさま。」


夜空を指差しながら、二人に語りかける。



「お星さま、好きなんデスか?」

もう一度、こくんっ、と頷く。



3人で、アパルトマンの中庭へ出た。



天から釣り下げられた灯火。


星の輝きは、命の輝き。



夜空を眺めるなんて、パリへ来て以来あっただろうか。



真一は中庭のベンチに腰掛け、夜の天幕から漏れる光を見つめる。



「あ、一番星!!」

のだめは、少女と二人で目を合わせて笑った。


少女の笑顔が、のだめと同じ無邪気さを秘めていて、愛しく思える。





明るい星、輝く星


今宵見つけた一番星


私の願いを叶えて、どうか叶えて、


今宵の願い、叶えて欲しい。




消えない魂のきらめきを、3人はいつまでも見ていた。



それぞれの願いを、その瞳に映しながら。



                                       後編へ続く*****************************************************















だらだらと、長々とすみません・・・

書きたいことたくさんあって、1話じゃ収まらなくなってしまいました。

もしお付き合いいただけるようでしたら、是非後編もお読みください。(ズルイ)

Riccoは子ども好きなので、子どもが良く登場します。ははは~


Ricco
by poppo1120 | 2006-02-22 12:23 | SS
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