50,000Hit記念に、ちょっとだけ長めのSSを書きました。
切ないけど、未来がある話にしたかったですが不発かもしれません。 それでは『jewel』をご覧くだサイ。 ↓ ねぇ、真一君。 セーヌ河の流れはとても緩やかで、 ノートルダムは今日もパリの青い空と調和していて、 いつもと変わらない街並みに、真一君の姿だけを描いてしまいマス。 錯覚だとわかっていても、 サンジェルマンを歩いていると真一君の匂いが通り過ぎる気がして、 その体温が懐かしくてたまらなくなるから。 ユーロスターの1等席はさほど快適でもなく、不便でもなく、男二人旅にはちょうど良かった。 真一はコーヒーを、前の席の男はブランデーを飲みながら、不規則な振動に揺られていた。 列車の窓から次々と移り変わる景色は音声の無いモノクロの映画のようで、真一の憂鬱な気分を晴らしてくれそうにも無い。 窓際に右肘をついて、雑誌を斜め読みするが、集中はできなかった。 雑誌の中に見慣れた女性が佇む。 その写真が現実の"その人"と同一人物だと納得するのに何度も何度も読み返してしまうページ。 イル・ド・フランス・ピアノコンクール 彼女の翼が、ついに羽ばたいた。 「千秋、今ならまだ間に合いマス。」 「なにを今更。」 帽子のつばをクイッとつまみあげて覗かせる瞳は、フランツ・フォン・シュトレーゼマンその人のものだった。 目尻の皺が愛嬌ある表情を演出する。 シュトレーゼマンのロンドン交響楽団の常任指揮者として正式就任が決まり、二人はドーバー海峡を越え、イギリスを目指していた。 「別について来いとは言っていまセン。」 「俺が勝手について来たので、お構いなく。」 マルレとの契約更新とシュトレーゼマンのロンドン行き、迷ったのは間違いない。 そして、彼女の存在。 選択肢のなかどれか一つを選ぶというのは、どうしてこんなにも困難なのだろうか。 あれもこれもと欲張ってはどれも上手くいかないことにくらい、そして何でも手に入れようとするほどがむしゃらになれないことくらい真一にはわかっていた。 「フランツ、最後の仕事になると思うわ。」 眼鏡のレンズ越しにエリーゼの細い目がちらりと見えた。 「最後って・・・・・・・」 事務所はいつも薄暗くて、真一はその陰湿な雰囲気に馴染めずにいた。 「彼、肺を病んでいるのよ。もうしばらく前からね。」 真一は衝撃の真実を知らされてもなお、妙に落ち着いてエリーゼの言葉を頭の中で反芻していた。 あの妙な咳き込み方、煙草や風邪のせいにしては長引くし、そしてなにより日に日に痩せていく彼の姿をイヤというほど毎日見ているのだから、エリーゼの言葉に納得する以外つじつまが合う理由が無かった。 窓の外に視線を向けると、夕焼け色に染められた街路樹からははらはらと枯葉が落ちて、路上を絨毯のように彩っていた。 その上をきゃっきゃと走り回る子ども達の声がブロック壁に反響して、冷たい風と共に通り過ぎる。 「チアキ、この世界は儚いものばかりデス。」 シュトレーゼマンはまた帽子を深く被り、その瞳を暗闇の中へ隠した。 「・・・・・・・・・それでも・・・」 ただ果てしなく暗いトンネルの中を光を求めてひたすらに走る列車の中、彼は話を続けた。 「それでも私は永遠の存在を信じマス。バッハやモーツァルトのように何百年も語り継がれる彼らの音楽のように、人々の記憶の片隅に、歴史という物語に刻まれる証として生き続けるのデス。」 真一は黙って前の座席に座る男の話に耳を傾けていた。 「生きることに意味を見出せなかった私に手を差し伸べてくれたのは、音楽でシタ。私は音楽に愛され、そして音楽によって生かされてきた人間デス。」 窓の外は闇で、目を向けると自分の姿が反射して見えるだけだった。 人生はこの長い長いトンネルのように人を迷わせて、惑わせる。 「ロンドンでの任期は2年でしたよね?」 真一はようやく重い口を開いた。 「俺も・・・・・・俺なりに悔いの無いようにやりますよ。その"生かされてる"人間の一人ですから。」 シュトレーゼマンに対する、彼なりの精一杯の返事だった。 ************************************************* 真一の背中を押したのは、彼女、野田恵だった。 コンクールでの優勝、のだめは華やかな世界への道を駆け出したかのように見えたが、プロになることを拒否した。 オクレールの元で修練を積むため、パリへ残ることを決めるのにそう時間は要さなかった。 ピアノに対する執着が無いのでは決してない。 ただ、自分にとって今一番何が必要か、彼女は彼女なりに悟っていた 「パリはこんなに綺麗だったんですネ~!!」 ノートルダム寺院、386段の螺旋階段を昇ると、さすがに三半規管は麻痺して頭がくらくらした。 塔楼の頂上からは、雲をつかめそうなほど空が近くに感じる。 パリの優しい風が真一の黒い髪をなびかせた。 東、西、南、北。 世界は360度に広がっている。 太陽の微笑がこの世界を照らして、そして真一と彼女の時間を包む。 「のだめ。」 彼にその名を呼ばれると、どうしてこの胸はこんなにも幸福で満たされるのだろう。 のだめはそう思う。 「見えマスか?エッフェル塔ってここから見るとおもちゃみたいで・・・・・」 「のだめ、俺、イギリスに行くよ。」 のだめの話を遮るように、真一は自らの決心を伝えた。 きっと、彼女はここで泣いたり、すがったりはしない。 真一はそんな気がしていた。 「行くって・・・・・どれくらい?」 「2年。マルレの契約更新はしないことにしたから。」 「2年・・・・・・・・・」 のだめは理由を聞くことも無く、ただ目の前に広がるポスターカードのような景色に向かって、そう呟いた。 ここで待っていて欲しいというほど傲慢にもなれず、別れを決断できるほど強くも無くて、真一はそれ以上言葉を発することができなかった。 もしかしたら、彼女に決断をゆだねているのかもしれない。 そんな自分がずるくて、惨めで・・・・・ なんて弱いのだろうかと、真一は心の底から自分が憎かった。 愛しているから。 彼女を。 何の証拠も誓いも無いけれど、それが紛れも無い真実であり、もはや真一にとってごまかしきれない想いだった。 失いたくない。 他の何にも代えられない。 ノートルダムから見えるパリの風景。 沈黙の中、その風景に二人の場所が確かに存在していたことを知る。 『この列車は間もなく発車いたします。お客様は・・・・』 アナウンスがこだまする駅のホーム、真一はスーツケースを引きずりながら急いだ。 いつもより重たく感じる荷物に、彼の足取りも重かった。 もはや、見送りを期待するほど愚かでもない。 きっと彼女は来ない。 響くベルの音。 新聞を買って先に乗り込むシュトレーゼマンを追うように、真一も列車に乗った。 パスポートをジャケットの裏ポケットから出してぱらぱらとめくる。 様々な印が並ぶページに、今まで自分が巡ってきた国々を思い返す。 真一はそれをそっとポケットにしまって、列車のドアが閉まるのを見届けようと顔を上げた。 ドアが閉まるのとほぼ同時に聴こえる。 声が。 「真一君!!!!」 聴こえた時にはもうすでにドアは閉まっていた。 ドンッとドアに激突するシルエットに、真一は動揺を隠せない。 彼女が何かを叫んでいる。 きっと、自分の名を呼んでいるのだろう。 「恵!!!!!」 自分の声の大きさに驚愕しながらも、すでに旅路へと出発する列車は止まらないことに気づく。 あぁ、なんかこんなシーンを映画か何かで見たことがあるな。 真一は激情と現実の間で、そんなどうでもいいことを思い返していた。 のだめは必死に走るだけ走って、ついに列車の加速に追いつけなくなってホームに座り込んだ。 「しんい・・・ち・・・・くん。行かないで・・・・・・・・・」 のだめの走った後には、涙の跡がくっきりと残っていた。 真一はただ呆然とその場に立ち尽くす。 列車が勢い良く左右に揺れるとスーツケースがドカッと後ろに倒れたが、そのことにも気がつかない。 ただ、その頬に伝う雫の熱さだけが、今の真一にとって現実だった。 ********************************************* 「チアキ。」 「・・・・・・なんですか?」 列車は間もなくロンドンへ到着しようとしていた。 「あなたを生かしているのは音楽だけではないでショ?」 シュトレーゼマンの言葉が、真一の溺れかけた感情を拾い上げる。 席から立ち上がって、彼の分まで荷物を通路へ下ろした後、真一は言った。 「それは、あなた自身にも言えることじゃないんですか?」 真一の返事に、シュトレーゼマンは少し驚いた表情をして見せたが、すぐにその顔はいつもの皮肉交じりの笑顔へと変わった。 「・・・・・・・・なるほど。弟子に諭されるなんて、私もまだまだデス。」 「どうでもいいですけど、そろそろ降りますよ。」 二人の男はロンドンの地に足を踏み入れ、新たな使命のために歩き出す。 それぞれに、それぞれの想いを抱きながら。 fine **************************************** はてさて、でっちあげにも程がある話になってしましましたが。 いつか、この2年後、真一がパリに戻ってくる話でも書いてみたいです。 Ricco
by poppo1120
| 2006-05-13 14:46
| SS
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