連載「月の影」第2話です。
なんだか予定よりも長くなりそうな予感がしてきました・・・ では、「月の影~2.追憶~」です。 ↓ 2.追憶 一本、二本、三本・・・ 灰皿の中、吸殻の数を数えてみる。 隣で真一が眠っている。 テレビを音を消して見ていると、画面がちらちらと眩しく光ってのだめは目を細めた。 音の無い世界。 笑っているブラウン管の住人は、何故笑っているのか。 そんなことを考えてみる。 こういうときにかぎって、早く目が覚める。 シャワー・・・・・・そういえば、昨夜はお風呂に入らないまま眠ってしまった。 音の無いテレビをつけたままバスルームへ直行する。 バスソルトを入れると湯気と共に体に満ちるカモミールの香り。 自然と鼻歌も冴える。 バスローブを羽織って部屋に戻る。 静かにベッドへ腰掛けたつもりだったが、マットレスの弾力性が弱いせいか、思ったよりバウンドして冷や冷やする。 「・・・起こしちゃいましたかネ?」 相変わらず寝相の悪い真一は、片方の手を伸ばせるだけ伸ばしてのだめの手首を掴んだ。 「・・・・・・・・・今何時?」 「えと、5時半くらいです。まだ寝ていても平気ですヨ?」 自分の不注意で真一を起こしてしまったことを反省しつつ、まだ瞼が完全に開かない真一の頭を撫でてみた。 真一は眠い時だけこんなに無防備なのに、起きていると本当に隙がない。 そのギャップはのだめだけが知っている真一の特別な秘密だった。 あとどれくらい真一の特別を知っているだろう? のだめは真一の頭を撫でていた手を彼の首筋にまで移動して、じわじわと肌を介して伝わる温もりを楽しむ。 洗い立ての髪。 王子の寝顔を覗いていると、毛先に滴る雫がぽとりと真一の頬に落ちた。 「ぎゃぼっ。」 思わず奇声を発してしまう。 真一は動じない。 この光景は二人にとって、あまりにもありふれた日常の断片に過ぎない。 「朝ごはん、何食べましょうかネ。」 のだめは独り言を言ってみた。 ************************************************ 「ふぉお~大自然!!」 長野は快晴だった。 青い空と山々の緑との境界線がくっきりと浮かんで、そのコントラストがあまりに美しい。 「とりあえず荷物置いて、昼には顔合わせがあるから。」 「その・・・ニナ、のだめのこと覚えていますかね?もう4年も前だし。」 真一から視線を逸らしてどこか虚ろな目をするのだめに、真一が答える。 「さあな。会ってみれば分かるだろ。嫌なのか?」 「イヤ・・・とかじゃないですケド。」 "のだめもう帰りたいです・・・・・・ 先生こわいし。" ただ楽しくピアノを弾くことから、人に聴かせる、魅せるピアノに進化しようとしている。 まだ、さなぎが脱皮し始めた程度の段階かもしれない。 羽ばたくには、乗り越えなければならない厳しい冬が何度も立ちはだかるだろう。 蝶が空を自由に舞うまでに、どれくらいの月日が必要なのか。 「わかったよ。おまえが嫌なら、前の音楽祭に来ていたことは黙っておけばいい。」 「黙っておく以前に、のだめは忘れられている気がしますけど。」 「とにかく、暑いから早く中へ入ろう。」 気温は摂氏38℃を超えて、真夏日だった。 スーツケースを引っ張る手のひらに滲む汗。 不快な日本の湿度に苛々しながら、時計の針を気にする。 太陽は、大地にある全てを焼き尽くすほどに真っ赤に燃えていた。 ********************************************************* 「ピアノマスターコースはこちらですヨ~」 日本各地からオーディションを勝ち抜いて参加してきた音楽家の卵たちを、練習室へ誘導する。 コンセルヴァトワールへ留学したと言っても、ここに集まった音大生達と立場はほとんど相違ない。 それでも、学生達の表情は期待と清々しさと希望に満ちていて、のだめは感慨深い気持ちに浸る。 ピアノは友達。 4年前の音楽祭に参加した時、自分にとってピアノは、音楽はそんな感覚だったと思う。 じゃあ、今はどうなのか? ばさぁっ!! 考え込んでいると、目の前を足早に通り過ぎようとした一人の学生が、廊下にスコアをばら撒いた。 「はい。」 「す、すみません・・・・・・」 一枚一枚ページ番号を確認しながら拾うのだめに、学生が頭を下げた。 「本当にすみません。緊張してしまって、私。」 「ドンマイ、です!」 手を振って練習室へと急ぐ学生を見送る。 「バルトーク・・・」 学生が落としたスコアは、間違いなくあの時と同じだった。 無気力だった自分、 真正面から音楽と向き合えなかった自分。 悔しさと、切なさと、絶望だけを糧には乗り越えられない自分と言う壁を、のだめは見てみぬフリで過ごしてきた。 「あなた、何やってるの?!レッスン始まるから早く教室へ入って。」 ニナの機嫌の悪い顔を見るのは、これが二度目だろう。 「・・・ハイ。」 うつむいていた顔を上げて、練習室へ歩き出す。 自分のレッスンでもないけれど、どこか粛々とした気分だった。 もう、逃げない。 そう決めた。 今、確かに対峙しているあの頃の自分から。 続く **********************************************
by poppo1120
| 2006-03-26 14:55
| SS連載
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