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カナリア

連載、というわけではありませんが、3話連続の第1話です。

Riccoはすごく凝ったものよりも、何か千秋とのだめ二人にとって『日常にあるもの』に焦点を当てて考えた方が話が浮かびやすい気がします。

そんなわけで、「ありふれたものの愛しさ」をテーマに

第1話「カナリア」(本日Up)
第2話「アネモネ」
第3話「シナモン」
をお送りしたいと思います。
それでは。。。




音は空気の振動。


この部屋で鍵盤を叩けば、二人の空気も揺れる。





のだめの指は白と黒の鍵盤を優しく撫でるかのように、軽やかに、自由に流れる。






響き渡るその旋律は、どこまで届いているのだろう。



千秋がいないこの部屋で、のだめはピアノを弾いている。







真一くんまで、届け。








相変わらずこのピアノは機嫌が良くて、気持ちがいい・・・・・・・はずが、


2つ、音が出ない。


のだめはペダルを踏む足を止める。




何かピアノの機嫌を損ねることをしたのだろうか?

まるで先生に怒られた幼稚園児のような顔で、黒い箱の中を、ちら、と覗く。





黄色い羽・・・・・・・・・・





弦と弦の間に鳥の羽らしきものが挟まり、中のハンマーが空振りしている。


のだめはその羽をつまんで、じっと見つめる。

透き通って見えるほど、繊細な黄色。



視線を隣の窓へ向けてみる。



しかし、その先には、カーテンが風に乗ってゆらゆら泳いでいるだけ。

その風に煽られ、のだめの髪もさらさら泳ぐ。





「鳥さん、お忘れ物ですヨ?」




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セーヌ川岸の並木は、もう赤や黄色に色づき、のだめは夏の終わりを思い知らされた。



建ち並ぶアパルトマン。

屋根裏部屋の小窓から小さな子どもがこちらに手を振る。


"Bonjour!!!!"


のだめも笑顔で答える。





二人で歩いた遊歩道。


一人で歩くと、また景色が違って見えた。

真一の歩幅とのだめの歩幅は違うから、並んで歩いていてもいつの間にか真一の背中を追いかけている。


ったく。


と真一は呆れて、でもすぐに優しい顔をして手を差し出してくれる。

そんな温もりが無い、今日の午後。


のだめは真一の手が、彼の体の中で一番好きかも知れない。



大きくて、男らしくて、少し骨ばっていて。

そして、ひとたびタクトを握ると皆を魔法をかける。


甘くて、胸を震わす魔法を。




真一の、その両手だけは自分のもの。

のだめは勝手にそう決めている。








肌寒さを感じ、少し身震いがする。


早く帰ろう。


のだめはセーヌ川を往来するクルーザーを目で追いながら、夕暮れの遊歩道を足早に歩く。



クルーザーは8.5ユーロ・・・・・・・



そんな独り言を言いながら。


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のだめは手ぶらで帰ってきた。


何のために出かけたのか。

別に用など無かった。



アパルトマンの螺旋階段を1段ずつ昇りながら、部屋の鍵を出すためポケットに手を突っ込む。


すると、


あ、羽。


昼間の黄色い羽をポケットに入れていたことを思い出す。



真一の部屋に着くと、彼の匂いのする空間に安堵すると同時に、その温もりがないことに今度はがっかりする。

さすがに空腹を感じてキッチンに向かうと、何かの気配にとらわれた。



突然の気配に少し悪寒がして、部屋を見渡すと、ピアノの上に黄色い鳥が佇んでいる。



鳥はじっとのだめを見ている。

のだめも負けじと見つめ返し


「忘れ物を取りに帰ってきたんデスか?」


と返答するはずも無い相手に語りかけた。



鳥は首を右にかしげている。


ピアノの上から動こうとしない。




「まぁ、ちょうどイイです。今日は話し相手がいなくて。」

客はその言葉が分かるはずも無いが、今度はピアノのふたを小さいくちばしで突付く。



「ピアノ・・・・・・聴きに来たんですね?」


のだめがピアノのふたを開けようとすると、客はのだめの肩に、ちょこん、と乗った。




部屋にピアノの音が鳴り響く。



「今夜のリサイタルは、特別入場無料デス。」



演奏に熱が入り、無我夢中になっているところへ、



「おい。」



と、大好きなあの人の声。




「八ッ?!お、おかえりなサイ・・・・・・・いつの間に?」

「チャイム、鳴らしたんだけど反応無いし。」


見慣れた呆れ顔が、目の前にある。


「今夜はお客様をお招きしていましてデスね・・・・・」

と、自分の右肩の方を見ると、



「ぴぎゃっ!!!イナイ??!」

「どこに客がいるって?」


ますます呆れてため息までつく真一に、のだめはあの黄色い羽を差し出して、


「のだめのファンがわざわざピアノを聴きに来たんデス。」

と、客の話を一部始終説明した。



「何の鳥だったんだ?」

「それが・・・見たことナイ感じで・・・」

「くちばしとか、鳴き声とか。」

「あ、お尻がキュッと、ツンッとなってかわいかったンです!!!鳴き声は・・・・それが、まったく鳴かなくて。」

「鳴かない・・・雌なんじゃないのか?」

「そうですかねぇ~のだめに気があるっぽかったので、絶対オスだと思ったんデスけど。」







その晩、真一は寝床につく頃、こんな話をしてくれた。






カナリアは羽が生え替わる時期がある。

羽の抜け替わる作業はカナリアにとって大仕事で、とても体力を使う。

それで、この時期になるとカナリアは歌うことをやめて羽に専念するから、「歌を忘れたカナリア」と呼ばれている。

つまり、鳴かなくなる。




と。




のだめは遠のく意識の中、真一の話に耳を傾けながら、


「じゃぁ、鳴き声を聞くためにはどうすればいいんですかネ?」

と質問してみる。

「籠に入れて、また鳴くまで待つしかないだろ。」

「カゴ・・・・・・・・」






のだめは思う。


私がピアノを弾けなくなったら、この人は私をどうするだろう。












その答えが見つからないまま、のだめは夢路へ旅立つ。



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はい。突然はじめました3話連続の1話目。

私は、千秋とのだめの恋はまだまだ未完成で、そしてお互いに未熟さに気づいたり気づかなかったりしている段階だと思っています。


そんなもどかしさやじれったさに、悶えたりしているんですけど・・・・・・

なんの山も谷もない話ですが、気に入っていただけたら次回の「アネモネ」も読んでくださると嬉しいです。

Ricco
by poppo1120 | 2006-02-09 20:57 | SS連載
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