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月の影~5.幻影~

このお話で完結します。

「月の影」シリーズ  1.迷宮       
             2.追憶
              3.憧憬
              4.覚醒
              5.幻影(このお話です)


それでは最終話「月の影~5.幻影~」です。




誰だ?








天から舞い降りた天使などではない。



彼女は、地の底から素足で這い上がってきた冒険者なのだ。










ブラームス《ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調作品83》





ブラームスはピアノ協奏曲第1番を書いてから23年の月日を経て、第2番を完成させている。





長い・・・長い年月をかけて。





彼女のピアノの音色は、シンフォニックな響きの波にさらわれ重厚な音圧の深海をさまよう。




冷たくて、暗くて、何もかも押しつぶされてしまいそうなほどの深海の底。







しかし、決して彼女の音は溺れたりはしない。




その旋律は全てを飲み込んだ深海から噴水のように噴きあがる。






その水しぶきは太陽の微笑に反射して、7色よりもさらに多彩な虹のアーチを描く。






彼女は今まで何処で眠っていた?







そして、何処へ行こうとしている?










彼女を導くのは、そう、千秋くんの両手だろう。





何も無い、雑草さえ一本も生えないような乾いた荒野で迷ってしまわぬよう・・・・・・・






その手が旅の道標となる。








「佐久間君、彼女は・・・・・・何?!」


「・・・・・・・・旅人ですよ、きっと。貪欲なほどに夢を追う。」






スポットライトなんて意味が無い。






自ら輝いて、輝いて。




眩しいほど光を放つ。






誰も、直視などできない。









ただその姿を瞳に移すことができるのは、千秋君ただ一人だけだろう。





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「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」







公演終了後、控え室で二人きりになった。




ただ頭が呆然として、何も考えることができない。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、真一君。のだめにも水ください。」





のだめがドレスのまま、控え室のソファーで仰向けに倒れている。




さっきまで履いていた赤いハイヒールも脱ぎ捨てて、ストッキングで覆われた肌色の足がソファーからはみ出している。






鏡の前で突っ立っているだけだった真一が、のだめの声に呼び戻されて意識を取り戻す。







「あ、水もう無い。全部飲んだ。」


「ぎゃぼん・・・・じゃ、いらないデス。」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」






沈黙には、意味の無い沈黙と意味のある沈黙が存在する。




二人にとって会話というものは、音と同じで何かを表現し伝える手段であり、それはまた沈黙も同じ意味を持つのだ。







伝え合うには、分かり合うためには気持ちを、感情を言語や音声としてコード化するだけが重要なのではない。







解け合う心と心。






そのためには、信頼のほかに何もいらない。









公演の後、この控え室には二人以外誰一人来なかった。





演奏者も、そして観客や音楽祭の関係者も全て・・・・・・




あの舞台を見て、二人の世界に割り込む余地のないことを理解していた。








「行くか。」


「行きマスか。」


「何処に?」


「・・・・・・行くべき場所まで。のだめについて来られますか?」


「おまえが言うな。こっちのセリフだ。」




そう答えはしたものの、油断していると本当に置いて行かれそうな幻覚にとらわれる自分に驚く。






のだめがその手を差し伸べる。




その手を振り払えるはずも無い。







山でも谷でも越えてみせる。





雲を消し去って、空さえも割って、






そのずっとずっと先にある未知の世界まで。







酸素なんていらない。









明日への希望が肺に満ちているから。











"歴史に名を残す音楽家には才能だけじゃなく、



 人との大事な出会いがあるものさ。"










俺はその「大事な出会い」ってのにめぐり合えてたんだな。







どうしてこんなに大切なことに気づかずに過ごして来られたのだろう。







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「どこにも異常はありませんね。夏バテと過労がたたったのでしょう。」




医者が検査結果をカルテに書き込む。





「あら、そう?まぁ、一晩くらい泊めて頂戴。」


「一晩?過労でしたら点滴治療しながら何日か入院していただいて構いませんよ?」




ニナは医師の話にどこか上の空で、何か他の事に考えを巡らせているような雰囲気だった。





「いえ、明日には面白いものが見られそうな予感がするのよ。」


「予感?」









"歴史に名を残す音楽家には才能だけじゃなく、



 人との大事な出会いがあるものさ。"










私もその一人になってみてもいいじゃない。










                              fine
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あとがきは後日・・・

Ricco
by poppo1120 | 2006-03-30 00:48 | SS連載
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