月の影~4.覚醒~

「月の影」~4.覚醒~です。


このシリーズは連載になっていますので、お手数ですが1話目から順に読んでくださるとうれしいです。

「月の影」シリーズ  1.迷宮       
             2.追憶
              3.憧憬
              4.覚醒(このお話)
              5.幻影




それでは、「月の影~4.覚醒~」です。




4.覚醒






予ベルが会場に鳴り響く振動が、躯の髄にまで伝わってくる。







ベルの音が聞こえると、舞台袖にいようが客席にいようが緊張することには変わりない。



ただ、その緊張の質が違うだけであって。




客席が暗転してオケのメンバーが靴音を鳴らさないよう、静かに入場してくる。



チューニングが終わると舞台上にライトがあたり、金管楽器にライトが反射して客席まで光が散っていく。





指揮者の入場は王様の登場というより、むしろ護衛の騎士が鋭い剣を持って行進しているような、そんなイメージに近い。




一曲一曲、舞台上はある種の戦場でもあり、慰めの場でもあるのかもしれない。








「ずいぶんメンバーも入れ替わったんだな。」




R☆Sオケの公演後、リハ室前の廊下、懐かしい顔と対面する。





「まぁな。おまえが抜けてから何年経ったと思ってるんだ?」




峰は相変わらずだ。



その相変わらず振りに、少しほっとしたりする自分がいる。






「音楽家は夢追い人だからな。信じた道を進むだけだ。」






夢。






R☆Sオケ、あの時は俺の夢の集大成のようにさえ感じていたのに。








「ま、夢を目指すもの同士の家みたいな、そんな活気があって温かい場所であればいいと思うぜ。ここは。」





居心地良すぎるとしがみつきたくなる。




決して留まれない、愛しい故郷。





峰、俺にとってもここはそんな場所だよ。






「・・・これからも頼むよ。一家の大黒柱。」


「おまえは安心して俺に任せとけばいいって!!」



調子に乗りやすいのがこいつの良いところであり、欠点だろうな。





そう、夢に終着駅なんて無い。




どこまでのチケットを買うかなんて、今は考えなくていいんだ。





「さて、帰るよ。」


「もう?!打ち上げに顔出して行けよ!!のだめも。」


「いや、いい演奏聴かせてもらったし十分だ。明日は俺も本番だし。」






控え室はのだめを交えてミニ同窓会のような盛り上がりを見せていた。






「ちょっと、千秋様は?!」


真澄が吠えると、



「ほんと、僕、待ち焦がれすぎて燃え尽きちゃいそう・・・・・」


と高橋はため息を漏らす。




「・・・・・・あんたも、またいつでも戻ってくるのよ。」


「真澄ちゃん・・・・」


「ふん。腐ってものだめでしょ?」




腐ってもって・・・・・・



賞味期限は、まだ過ぎてませんヨ?





「絶対に千秋様と戻って来なさいよ。」


「・・・・・・はい。」


「帰ってくる場所はここだから。忘れないで。」







真澄の言葉が心に染み入りすぎて、ずん、と胸の奥が重くなった。





何かを得るために、日本を発った。




色、輪郭さえはっきりしないその「何か」に向かって、この足で駆け抜けていけるだろうか。





「のだめ、帰るぞ。」


「え?あっ、はい!」





見送られる背中に、熱い何かを感じた。






新幹線のホーム。





風がビュッと通り抜けていくから、吹き飛ばされないよう、真一の腕にしがみついた。






「真一君・・・あの・・・・・・」





そっと、前を向いている真一の横顔を見上げてみる。



まっすぐに、迷いの無い真一の瞳。






どこを見てるの?






「心配すんな。またすぐに帰って来られる、一緒に。」





そう、そのまなざしの奥に、帰るべき場所がある。




そのまなざしの先に、夢がある。






追いかけて、追いかけて、追いかけて・・・・・・・・・






その夢の果てまで。





その魂の果てまで。











Piriririririri・・・・・・・・・・




ホームに鳴り響く携帯音。





「メルですか?」






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From;オリバー

Sub;緊急


至急帰られたし。



  End

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タクシーに駆け込んで、シートに座ったものの落ち着けるはずが無かった。



なんだ、あのメール?




「すみません。急いでもらえます?」




とてつもないことが起こりそうな予感を、必死に振り払おうとしてみる。





タクシーのスピードに合わせて、窓の外の景色が映画のスライドのように入れ替わる。






暗闇の中、点々と並ぶコテージの集落が見え始めた。






「・・・・・・・この音。真一君!!」





赤いランプ、割れるようなサイレンの音。







「・・・救急車?どういうことだ?!」






真一の声が、狭いタクシーの中で反響した。












「チアキ、急にすまない。ニナが倒れたんだ。」



サングラスで武装されたオリバーの顔からも、深刻さがうかがえるほど事態は切迫していた。




「そんな!?さっきまであんなに・・・それで、容態は?」



真一の顔から血の気がひいていくのが分かって、のだめはしっかりと真一の手を握った。






「病院へ行って検査をしてみないと分からないが・・・急なことで学生達も動揺していて。」




そう、明日には音楽祭のメインイベントが待ち受けていると言うのに。







ブラームス、間に合うだろうか・・・・・・・





「・・・・・・ニナの容態も気になるし、無理させちゃまずいだろ。」




自身が創設した音楽祭の記念すべき10周年公演。




ニナは・・・・・誰よりも楽しみにしていた。






一人でも多くの学生を育てるために、未来へ輩出するために立ち上がったニナの音楽に対する執念。






「・・・・・・・・中止にするのか?」



「・・・・・・したくない、が、仕方な・・・・」



「ちょっと待ってくだサイ!!!!」




自分の手を握り締めていたのだめの握力が、さらに増す。




「のだめに、やらせてください!!」


「やらせろって・・・君、アシスタントじゃないのか?そんな・・・」




困惑しているのは、何もオリバーだけじゃない。


会議室に集まった多くの音楽祭関係者や、講師たちがざわめく。






「お願いマス!!!弾きたいんです・・・・・ニナのピアノを・・・・・・・」





その場にいる誰もが、黙って首を横に振る。





たった一人を除いて。





「・・・・・・・おまえ。代わりに弾くってことが、どれだけ大変なことか分かってるのか?」



「分かってます!それでも・・・やりたいんです。」






なんだ?




こいつを突き動かすものは・・・・・・






「信じられるのか?自分を、自分のピアノを。」



「もう逃げないって決めました!!!!自分から・・・逃げたくない。」





何もかも押しつぶされてしまいそうなほどのプレッシャーが、部屋に充満する。




むき出しになったのだめの想いがあまりに生々しくて、真一は何かを悟った。






「・・・・・・・分かったよ。」


「チアキ!!!」


「あと10時間だけ待ってくれ。頼む。」


「真一君・・・・・・・・・・・」






公演は、明日午前10時から。







賭けてみたくなったんだ、俺も。






たった1%の可能性でも。








落ちるときも、昇るときも、



どこまでもついてってやるよ。







光あるものには、必ず影がある。




月のように満ちては欠けて、



不安定で頼りないけど、





満月の夜はきっと遠くはないから。









「信じるよ。俺も。」






俺は影でいいんだ。



影が濃いほど、輝きは増すだろう。






「見せてくれ。おまえの情熱を。」






続く

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by poppo1120 | 2006-03-28 23:35 | SS連載
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