月の影~2.追憶~

連載「月の影」第2話です。

なんだか予定よりも長くなりそうな予感がしてきました・・・

では、「月の影~2.追憶~」です。





2.追憶





一本、二本、三本・・・





灰皿の中、吸殻の数を数えてみる。






隣で真一が眠っている。


テレビを音を消して見ていると、画面がちらちらと眩しく光ってのだめは目を細めた。




音の無い世界。




笑っているブラウン管の住人は、何故笑っているのか。





そんなことを考えてみる。






こういうときにかぎって、早く目が覚める。




シャワー・・・・・・そういえば、昨夜はお風呂に入らないまま眠ってしまった。





音の無いテレビをつけたままバスルームへ直行する。




バスソルトを入れると湯気と共に体に満ちるカモミールの香り。


自然と鼻歌も冴える。




バスローブを羽織って部屋に戻る。


静かにベッドへ腰掛けたつもりだったが、マットレスの弾力性が弱いせいか、思ったよりバウンドして冷や冷やする。




「・・・起こしちゃいましたかネ?」



相変わらず寝相の悪い真一は、片方の手を伸ばせるだけ伸ばしてのだめの手首を掴んだ。




「・・・・・・・・・今何時?」


「えと、5時半くらいです。まだ寝ていても平気ですヨ?」



自分の不注意で真一を起こしてしまったことを反省しつつ、まだ瞼が完全に開かない真一の頭を撫でてみた。




真一は眠い時だけこんなに無防備なのに、起きていると本当に隙がない。





そのギャップはのだめだけが知っている真一の特別な秘密だった。







あとどれくらい真一の特別を知っているだろう?





のだめは真一の頭を撫でていた手を彼の首筋にまで移動して、じわじわと肌を介して伝わる温もりを楽しむ。





洗い立ての髪。

王子の寝顔を覗いていると、毛先に滴る雫がぽとりと真一の頬に落ちた。




「ぎゃぼっ。」


思わず奇声を発してしまう。



真一は動じない。




この光景は二人にとって、あまりにもありふれた日常の断片に過ぎない。





「朝ごはん、何食べましょうかネ。」




のだめは独り言を言ってみた。





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「ふぉお~大自然!!」



長野は快晴だった。



青い空と山々の緑との境界線がくっきりと浮かんで、そのコントラストがあまりに美しい。



「とりあえず荷物置いて、昼には顔合わせがあるから。」


「その・・・ニナ、のだめのこと覚えていますかね?もう4年も前だし。」





真一から視線を逸らしてどこか虚ろな目をするのだめに、真一が答える。



「さあな。会ってみれば分かるだろ。嫌なのか?」


「イヤ・・・とかじゃないですケド。」






"のだめもう帰りたいです・・・・・・



 先生こわいし。"




ただ楽しくピアノを弾くことから、人に聴かせる、魅せるピアノに進化しようとしている。



まだ、さなぎが脱皮し始めた程度の段階かもしれない。




羽ばたくには、乗り越えなければならない厳しい冬が何度も立ちはだかるだろう。






蝶が空を自由に舞うまでに、どれくらいの月日が必要なのか。






「わかったよ。おまえが嫌なら、前の音楽祭に来ていたことは黙っておけばいい。」


「黙っておく以前に、のだめは忘れられている気がしますけど。」


「とにかく、暑いから早く中へ入ろう。」




気温は摂氏38℃を超えて、真夏日だった。



スーツケースを引っ張る手のひらに滲む汗。





不快な日本の湿度に苛々しながら、時計の針を気にする。






太陽は、大地にある全てを焼き尽くすほどに真っ赤に燃えていた。





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「ピアノマスターコースはこちらですヨ~」




日本各地からオーディションを勝ち抜いて参加してきた音楽家の卵たちを、練習室へ誘導する。




コンセルヴァトワールへ留学したと言っても、ここに集まった音大生達と立場はほとんど相違ない。




それでも、学生達の表情は期待と清々しさと希望に満ちていて、のだめは感慨深い気持ちに浸る。





ピアノは友達。



4年前の音楽祭に参加した時、自分にとってピアノは、音楽はそんな感覚だったと思う。






じゃあ、今はどうなのか?







ばさぁっ!!



考え込んでいると、目の前を足早に通り過ぎようとした一人の学生が、廊下にスコアをばら撒いた。






「はい。」


「す、すみません・・・・・・」




一枚一枚ページ番号を確認しながら拾うのだめに、学生が頭を下げた。





「本当にすみません。緊張してしまって、私。」


「ドンマイ、です!」




手を振って練習室へと急ぐ学生を見送る。






「バルトーク・・・」




学生が落としたスコアは、間違いなくあの時と同じだった。






無気力だった自分、



真正面から音楽と向き合えなかった自分。






悔しさと、切なさと、絶望だけを糧には乗り越えられない自分と言う壁を、のだめは見てみぬフリで過ごしてきた。







「あなた、何やってるの?!レッスン始まるから早く教室へ入って。」




ニナの機嫌の悪い顔を見るのは、これが二度目だろう。




「・・・ハイ。」





うつむいていた顔を上げて、練習室へ歩き出す。



自分のレッスンでもないけれど、どこか粛々とした気分だった。






もう、逃げない。




そう決めた。







今、確かに対峙しているあの頃の自分から。






                                    続く
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by poppo1120 | 2006-03-26 14:55 | SS連載
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