世界が終わる日に

切ない話を書きたくなりました。

哀しいお話が苦手な方はスルーしてくださいね。


それでは、「世界が終わる日に」始まります。





いつもと変わらない夜更けのはずなのに。


月さえ隠す厚い雲に覆われた夜空は、今にも泣き出しそうだった。


ベッドの周囲は重苦しい湿気に包まれ、肌にまとわりつくじとじととした感触に真一は目を覚ます。



隣で寝息をたてる彼女は、うつ伏せのまま湿っぽい枕に顔をうずめていた。


肌寒い夜なのに、掛け布団はほとんどはだけていていかにも寒々しい。



自分の寝相が悪いせいだ。



と、真一は自覚していた。


足元に手を伸ばし、彼女に掛けるつもりで布団を握り締めたが、その安らかな姿にしばし視線が釘付けになる。


細い毛先、


白いうなじ、


骨ばった肩幅、



華奢な背中。




ふと、真一は布団を掴んでいた右手を彼女の背中に移してみる。



確かな体温。


確かな鼓動。



呼吸に合わせて小さく浮いては沈むその背中に、彼女の存在の証を探す。


首筋から肩甲骨のあたりに手を滑らせてみると、んん、と彼女が静かにうなった。




この背中のどこに、羽を隠している?




真一は心の中で質問してみた。



答えなど、返ってくるはずもない。




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"はるかにはてなく

 ドナウの水はゆく

 うるわしい、あい色の

 ドナウの水は、つねに流れる"




真一の指揮者生活は軌道に乗っていた。



マルレの定演が無事終了し、新たに客演で招かれたウィーンの街に来ている。


珍しく、のだめも一緒に行きたいと言うから用意されたホテルに二人で泊まった。


リハーサルは予定を大幅にオーバーして、のだめとの待ち合わせに遅刻する羽目になった。

慌ててタクシーに乗り込み、外灯がうっすらと緑の絨毯を照らすドナウパークに到着する。


春といえども、まだ3月の中旬。

ドナウ運河に沿った街路樹が花咲くのは、まだまだ先の話である。

夜は人々の体温を下げるには十分な気温だった。



のだめは公園のベンチに腰掛けて、口笛を吹いていた。


真一は気配を消し、ベンチの背後から口笛を奏でるのだめのひよこ口を、親指と人差し指でむぎゅっと閉じてみせる。



「んん~むぅ!!?何やってンですか!!」

思い切り後ろを振り向いたのだめの顔があまりに必死に怒っていたから、真一は思わず笑った。



「・・・笑ってる場合じゃないですヨ。遅刻しておきながら。」

「ごめんごめん。」

「全然反省してない『ごめん』に聞こえますけど。」

「悪かったって。」



二人は敷地内にそびえ立つドナウタワーの展望台を目指す。

165mのタワーのラウンジまで、高速エレベーターで一気に登った。



展望ロビーに辿り着けば、360度のパノラマに、ウィーンの街並みが一望できた。


きらきらと光る街の明かりは、宝石箱をひっくり返したあとのように夜の街に散りばめられ、夜空の黒とのコントラストがきれいだ。

はっきり見える光もあれば、黒幕にぼやけて輪郭が定かではない光も見え、のだめはしばしのあいだ、窓ガラスに張り付いて夜景を見ていた。



「真一君!日本はこっちの方向ですかネ?」


ようやく真一の方を振り返ったのだめの姿が、後ろの夜景に照らされてわずかに光を放って見える。


「バーカ。そっちは北西だ。日本があるわけ無いだろ。」



えぇ~そんなことないデスよ、とのだめはガイドマップを見直す。




真一はマップを見つめるのだめの左隣に近づき、その小さな頭に手をのせた。


「・・・真一君、仕事は順調なんですね?」

「うん。」


よかった、と呟くのだめの視線は、どこまでも広がる景色を見つめていた。



「今なら、どこまでも飛んでいけそうな気がしマス。」



のだめが突拍子も無いことを言い出すから、真一はのだめの方を振り返る。

その横顔はとてもすっきりして綺麗で、真一は好きだった。


「どこまでもって、どこまで行くつもりだよ?」 


真一の問いに、一瞬考え込んでのだめは答えた。



「ちょっと、楽園まで行ってみましょうかネ。」


「楽園?えらく気が遠くなりそうな道のりだな。」




楽園。



なんで突然そんなこと・・・・・・・



そんなもの、どこにある?




真一はそんなことを考えながら、夜の闇に彼女が消えてしまう想像を巡らせてみた。



結局、そんな想像は不可能だった。



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この体のほとんどを構成する液体、体を潤してくれる水。



真一にとって、彼女はそんな存在だった。



しかし、時にその存在は手のひらの上で簡単に蒸発してしまうような儚さを持っていた。



真一は、これまで二人でいるのにどこか漠然と自分はひとりだと感じることが度々あった。


混じりあいたいのに、一つになれない不安。


真一とのだめの道は、十字架のように交差する一点はあったが、決して一本ではなかった。



所詮、オアシスは幻想に過ぎなかったのか。



一人きりのこの部屋で、もう幾夜過ごしただろう。

手に入れたいとか、自分のものにしたいとか、そんな子どもじみた気持ちだったわけじゃない。



愛しているとさえ、一度も言わないまま終わった。




言えなかったんじゃない。

ただ、その言葉に自分の想い全てを託せなかった。


この想いが、あまりに大きすぎて。



静かで、深くて、誰にも触れさせなかった心の水底に届いた周波数。

それが、彼女だった。





楽園。



彼女は楽園までと言った。


それを聞いた時、俺はきっとそこへは行けない、そんな気がした。


それでも、彼女の楽園をこの目で見てみたかった。




雛鳥はいつ飛ぶことを覚えるのだろう。


初めて飛べた時、どんなに幸せな気持ちなんだろう。



しかし、羽ばたくことを知ったのに鳥かごに入れられてしまうと、鳥はかごの中から見える青空に想いだけをはせる。


ただ空を想い

歌って、歌って、歌って、


そして、いつか歌えなくなるだろう。




真一は彼女が残していった、たった一枚だけの羽をいつまでもピアノの上に飾っている。



今は自由に飛びまわり、歌っているのだろう。





あいつは辿り着いたんだろうか。



俺には見つけられなかった、楽園に。





                                               fine
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すげ~暗くなっちゃった。

・・・すみませんでした。本当に。

読んでて辛いかたもいらっしゃったかもしれませんね。

しかし私は二人の恋愛は、すごく安らかで温かくて居心地の良いものだと思っていますが、時に脆弱さを兼ねそろえている気がしマス。


この「世界が終わる日に」は、以前書いた「カナリア」とちょっぴりリンクしています。


はぁ・・・それにしても、幸せな話を書かなければ。


RICCO
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by poppo1120 | 2006-03-04 20:54 | SS
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